• skcovita5884

PLAN 75

早川千絵監督がカンヌ国際映画祭にて「ある視点」部門に出品された

PLAN75がスペシャルメンション(特別表彰)を受けたことで

この作品が広く広まった背景にある。

超高齢化社会が進む日本社会において、75歳以上の高齢者が自ら生死を

選択できる制度PLAN75が施行された社会で翻弄される姿が描かれている。

https://japantoday.com/category/entertainment/kill-japan's-elderly-cannes-film-probes-chilling-idea


生や死に対する考え、道徳観など非常に議論しにくく、避けて通ってきた

僕らであるが、いざ人口の30%強が65歳以上という人口構成を背景に

議論せざるを得ない時期に差し掛かっている。

実際、高齢者の医療費の負担や年金支給において国家の財政負担も

大きく若年層への負担増、さらに長く続く不景気のため

世帯収入減少が続き、女性の自立促進も重なり、子供を持とうと思う家庭が

減少傾向にある中で、人口構成比を変革していく必要に迫られている。


このPLAN75という制度から見る、人生をどう捉え生きていくかを

我々に問いただしているように感じる。

人生100年時代というが、精神年齢と肉体年齢が一致している健康年齢が

平均75歳であり、それ以降は乖離が始まるだろうとされている。

それは、誰かの支えがない中では生きていけなく、家族への負担、配偶者への負担

が大きくなることに繋がり、長く生きることが幸せというのは、時代錯誤へと変化

してきているのかもしれない。

「生きる」と自分の意思とは逆に家族の想いや治療によって「生かされる」とでは

意味が違う。だからこそ、「人生100年時代」が良い意味で捉えられることに

違和感を感じる。


この75という数値や制度に捉われることなく、何のために「生きる」のか?

自分の人生を「世間体や出来ないと思うことでやりたいことを先延ばしせず、

後悔なく全うする」ことを目標に「生きる」ということを意識するキッカケに

なってほしいと思う。




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PLAN 75

自分の考えを人前で話すことを極端に避けてきた僕にとって 考えや思いを嚙み砕いて話し伝えることの難しさを今更ながら 感じている。 フットサルという競技経験もあることから、練習を見てほしいと 言われて説明する時ほど、どのように伝えることが一番理解してもらい 意味のある練習へと変貌させることが出来るのかと考えさせられる。 言葉の定義、声のトーン、平易な言葉の選択など、さらに 自信や態度が非常に大事である